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隠れた才能にチャンスを!アートの力で社会とつながる「パラリンアート」取材レポート

大石 勾さん《トロピカル・ドライブ》

皆さんは「障がい者アート」を見たことがありますか?

「そういえば最近、街中で飾られているのを見た」「ときどきニュースでやってるよね」と思い当たる人も多いはず。

かつては、障がいをもつ人々の治療やリハビリを目的として主に取り組まれてきた障がい者アート。近年ではその芸術性に注目が集まり、一般的なアート作品のように美術館や公共施設などで展示される機会が増えると同時に、アートで経済的に自立を果たす障がい者も少しずつ増えつつあります。

その変化の背景には、国や自治体が進める、「障害者による文化芸術活動の推進に関する法律」の成立をはじめとした障がい者の芸術活動を支援する取り組み。そして、彼らの芸術のすばらしさを認め、継続して作品を制作できるようサポートするさまざまな民間の団体・企業の努力がありました。

今回取材したのはそんな団体のうちの一つ、一般社団法人 障がい者自立推進機構が運営する「パラリンアート」の活動です。

600名以上の障がい者アーティストが在籍するパラリンアート

FOOD&TIME ISETAN YOKOHAMAの空間アート / 志方弥公さん《ジャズとワインの夕べ》
パークホテル東京アートカラーズ Vol. 34秋展示

一般社団法人 障がい者自立推進機構が2007年に開始したパラリンアート事業は、「障がい者がアートで夢を叶える世界を作る」という理念のもと、国や自治体の支援に依存せず、アートを通じて障がい者の社会参加と経済的自立を推進するさまざまな取り組みをしています。

障がい者アーティストは「自分の作品をたくさんの人に見てもらいたい」と考えても、自分で個展を開くことが経済的な理由で困難というケースも多く、アートを仕事にすること以前に、そもそも自分の作品を見てもらうこと自体が険しい道になりがちなのが現状です。

また、コミュニケーションを苦手とし、自らビジネスチャンスをつかむことが困難な人も少なくありません。

そこでパラリンアートは、パラリンアートに登録した障がい者アーティストのアート作品(主に絵画・デザイン)を法人や個人に提供して、社団が得た収益の50%をアーティストに還元する形のソーシャルビジネスを展開。アーティスト自身が営業をする必要がなく、また金銭的な制約を排した状態で作品の制作に集中できるような環境を整えるとのこと。

株式会社ティーガイア 株主優待QUOカードデザイン / ゆき坊さん《くじら〜未来号〜》(左)、さとうれなさん《まだ見ぬ未来へ》(右)

アーティストが登録した作品は、パラリンアートの理念に賛同した200社を超えるパートナー企業へ貸し出されたり、データ化され印刷物や商品開発に使われたり、展示販売されたりとさまざまに活用されています。ときには、パートナー企業が開催するアートコンテストやアートコンペにチャレンジし、還元される報酬とは別に賞金を狙うこともできます。

好きなときに好きなものを描いてもよし、よりビジネスらしく企業からの要望に応えてもよし。各々のスタンスに合わせた自由度の高い活動が可能という点も、アーティストたちの継続的なアート制作を後押ししているといえるでしょう。

これらの仕組みは、アーティストたちの成功体験や社会的地位のステップアップを叶える一方で、パートナー企業の社会的認知の拡大や、ここ数年で企業価値の判断基準になったSDGsの取り組みのPRにも貢献しています。

「パラリンアート世界大会2020」の受賞者・出席者の集合写真

パラリンアートの輪は日本に留まりません。

例えば、パラリンアートの代表的実績の一つに挙げられる『パラリンアート世界大会』は、世界中の障がいのある人々が一つのテーマに合わせて才能を披露しあう障がい者アートのワールドカップ。後援には厚生労働省・外務省・文化庁・観光庁、そして20を超える各国大使館が名を連ねる一大イベントです。

2018年から年1回のペースで開催され、2020年には「平和/Peace」をテーマに作品を募集したところ、33ヶ国と1代表機構から869作品もの応募があったそう。

「パラリンアート世界大会2020」グランプリ / You-kiさん《PEACE》(日本)

受賞作品を見ると、「平和」という抽象的テーマの表現は極めて多彩で、どのように「平和」を可視化するのか――国際色豊かな作風の違い、「平和」のとらえ方の違いが興味深いです。ぜひ一度、受賞作品をご覧になってください。⇒https://paralymart-wc.com/2020/

 

2020年は新型コロナウイルス感染症の影響で外出自粛が求められ、文化芸術の世界にも甚大な影響が出てしまいました。

楽しみが奪われ、誰もが多かれ少なかれ生きるエネルギーのようなものが枯れていった時期に、世界中から集った力強くも鮮やかな感性の力作たち。それらは、私たちが幸福に生きるためにアートの力や心の豊かさがいかに重要かを思い出させてくれたのではないでしょうか。

「自分の創作活動に自信がもてた」――パラリンアートで活躍するアーティストたち

実際にパラリンアートに登録しているアーティストにお話を伺うべく、2021年8月3日に株式会社タウの本社会場で行われた『第3回 タウ・パラリンアートコンテスト』表彰式にお邪魔しました!

日本で年間約300万台も発生するという損害車を買い取り、世界120ヵ国以上へ販売するリユース事業を展開する株式会社タウ。

死を目前にした人を最後に行きたい場所へ無料でお連れする終活ボランティア「願いのくるま」など、もともと社会貢献活動に積極的に取り組まれてきた同社ですが、2018年からパラリンアートのオフィシャルパートナーとして活動を開始。2019年より毎年「タウ・パラリンアートコンテスト」を開催しています。

第3回目となる今回のコンテストのテーマは「クルマで描く ぼくのわたしのすきなもの」。

車で行ってみたいところ、車で行った思い出の場所、乗ってみたい車など、車にまつわる物語を自由に表現した作品が募集されました。

株式会社タウの専務取締役 熊野さん
賞状と副賞の授与
時勢的に、表彰式の受賞者の多くはリモート参加となりました。

表彰式では、一般社団法人 障がい者自立推進機構の理事をつとめるタレントのセイン・カミュさんによる進行で、最優秀賞、優秀賞、特別賞など、501点の応募の中から選ばれた計23作品の表彰が行われました。

会場を囲むように展示されたコンテストの受賞作品。
大石 勾さん《トロピカル・ドライブ》

《トロピカル・ドライブ》で最優秀賞と神戸支店賞をW受賞したのは大石 勾さんです。

これまで数多くの雄大な風景画を手掛けてきた大石さん。今回の作品は「淡路島の風景を参考に、シングルマザーの親子が休日にドライブを楽しんでいる様子をイメージして描きました」と話します。

「曲線を描くことが得意」という言葉のとおり、車のカーブや動物たちの背中の柔らかさが色遣いとマッチし、とてもやさしい雰囲気になっている魅力的な作品ですね。

パラリンアートへは母親のすすめで参加したそうですが、今では時間に縛られずにマイペースに創作活動ができる環境が非常にありがたいと感じているそう。

クラシック音楽鑑賞が趣味だという大石さんですが、インタビューの最後には「今後はクラシック音楽をテーマにした人物画や静物画にチャレンジしてみるつもりです。ライアーという竪琴の楽器に興味があるので、私がそれを演奏している場面を絵に描いてみたいですね」と、今後の創作活動について意欲を見せました。

神吉 みちるさん《オーストラリアからの手紙》
神吉 みちるさん

続いてお話を伺ったのは、《オーストラリアからの手紙》で特別賞を受賞された神吉 みちるさんです。

2019年にオーストラリアで大規模な森林火災が発生した当時、英語を習っていた先生がたまたまオーストラリア出身の人だったと語る神吉さん。

《オーストラリアからの手紙》は、先生が悲しんでいる姿を見て、自分にできる「絵を描くこと」で少しでも助けになれたらと制作した作品。いつか、この絵のように自然が復活したオーストラリアの地を旅することが夢なのだとか。

線画を手描きで仕上げ、彩色や文字入れはデジタルで作業したとのこと。雄大な山々の輪郭や山肌が極めて緻密なことに思わず感嘆の声がこぼれます。線画は特にこだわったそうで、よく見ると陰影の一部が青紫で描かれているのが一層、線の美しさを際立たせていました。

神吉さんはパラリンアートへ参加したことで、「いろいろな企業とご縁ができて、社会参加できたと感じます。社会の力になれているのかなと実感できるようになりました」と話します。

「障がいのことで家にこもりがちになりそうですが、環境を変えて自己を磨き、また変化を受け入れ……とクリエイティブに成長を続けていきたいです。ほかにはない、オリジナリティを追求した作品を発信していければ」と力強い目で今後の目標を語りました。

なお、今回の副賞の一部は当初の目的通り、オーストラリア森林火災の義援金に充てるそうです。

T.Kさん《ちきゅうと車》
T.Kさん

最後にインタビューしたアーティストは、「ちきゅうと車」で横浜支店賞を受賞したT.Kさん。パラリンアートへ参加したきっかけは勤務先の会社の紹介で、今回も会社からコンテストの話を聞いて応募を決めたそうです。

もともと車が好きだというT.Kさんの作品は、描かれたポップなデザインの車がかわいらしいですが、これは環境に配慮した未来の車をイメージしたとのこと。

「地球を思いやるやさしい気持ちを込めて、絵本のようなタッチにチャレンジしました。全体的な分かりやすさ・見やすさにこだわり、言葉がなくても地球と車がつながっている・共存している様子を伝えられるように意識しました」

今回の受賞について、「今回は画風を絵本風にするチャレンジをしましたが、そのチャレンジが評価されたことがとてもうれしいですね。こういった経験が自分の創作活動の自信になっています。次はもっと魅力的な絵が描けるよう頑張ります!」と喜びを語りました。

 

3名がそれぞれ、パラリンアートでのびのび楽しんで創作活動をされていること、そしてアートが社会とのつながり・生きる糧になっていることが伺えるインタビューとなりました。

「まずはアートを好きになってもらいたい」――代表理事・松永さんの思い

代表理事・松永さん(左)と理事の村山さん(右)

表彰式会場では一般社団法人 障がい者自立推進機構の代表理事をつとめる松永さんと、理事の村山さんにもお話を伺うことができました。

「パラリンアートが誕生して15年経ちますが、作品のクオリティの高さに毎回驚かされています。テーマが同じなのに、それぞれ見ている角度が違って、表現もまったく異なる。審査するほうも本当に大変で、全員受賞させたいと思ってしまいます」と朗らかに語るお二人。

パラリンアートが今回のコンテストや『パラリンアート世界大会』のような大規模なイベントを積極的に開催している理由について尋ねると、「もともと社会貢献活動というものは露出が難しいもの。イベントという形でないとなかなか人に知ってもらえないんですよ」と苦労をにじませました。

さらに、コンペやコンテストはアーティストの成功体験の創出の場として重要だと続けます。

「作品に甲乙をつけることの良し悪しは意見が分かれると思いますが、あえて審査してもらうことで成功体験をつくることが我々の目的。受賞をきっかけに『個展をやってみたい』といった、その後の活動を考える自信・原動力になっているようです」

最後に、松永さんは次のように読者へメッセージを寄せました。

「パラリンアートに興味をもってもらうためには、多くの人にまずはアート(絵)を好きになってもらうことがスタートかなと考えています。

残念ながら、日本ではまだまだモダンアートへの意識が低いのが現状。絵画に対して作者名から入るという人が非常に多いと感じていまして、絵に自分で価値を見出せず、作者を知ってから『すごい!』となるんですね。

絵は見方がこうで~~とか絵心が~~とか、いろいろ難しく考えてしまうと思いますが、何よりもどんな絵を見て好きだと感じたか、心が動いたか、その気持ちが大切です。

世の中からすべての絵が消えたらきっと寂しいはず。身近に絵があるからあたたかい世界になっている。絵にはそう言えるだけのエネルギーがありますので、積極的に絵を見て、それからパラリンアートの活動に注目していただければ」

取材を終えて

アーティストのT.Kさんがインタビュー中、「障がいのあるなしでハードルを設けず、いずれはただの一人のアーティストとして、フラットに作品を見てもらいたい」と話していたのが印象に残っています。

そのため、本記事ではあえてアーティストの皆さんの障がいについては詳細を省いています。

障がい者アートを見たとき、まず「障がいがあるのにすごい」と思う人もいるかもしれません。 しかし、アート作品自体がもつ魅力には、本来、制作者の属性は関係がありません。

3名のアーティストのインタビューからもわかるように、障がい者アーティストも一般のアーティストと同じようにテーマを考え、思いを込め、こだわりや向上心をもって作品を制作しています。障がいという属性に引っ張られて、純粋に作品の姿を味わえないのはとても残念なことではないでしょうか。

このようなパラリンアートの活動が、障がい者アーティストたちの作品の芸術性を世に広め、彼らが自分の力で夢や目標を叶えられる土壌をつくり、ゆくゆくは障がいへの差別や偏見のない未来に届くよう、願ってやみません。

 

会社名  一般社団法人 障がい者自立推進機構
所在地 東京都港区芝3-40-4 三田シティプラザ5F
連絡先 パラリンアート運営事務局
TEL 03-6436-0035 FAX 03-6436-0851
公式サイト https://paralymart.or.jp/association/