日本全国の文化プログラム紹介サイト~文化芸術イベントに関する情報が満載!~

邦楽のジャンルや流派の垣根を越えた一大イベント「和楽の美」取材レポート

2021年2月27日(土)、東京・銀座にある観世能楽堂にて、東京藝術大学 演奏藝術センター企画の演奏会「和楽の美(藝大21)」の収録が行われました。

能楽に雅楽、筝曲に三味線音楽……多彩なジャンルの邦楽(※)を一挙に楽しめる「和楽の美」。
さまざまな音楽の「今」を問うコンサートシリーズ「藝大21」の一つとして、2002年から毎年、観客を動員して好評を博してきたイベントですが、今年は新型コロナウイルスの影響を鑑みて、無観客で収録した演奏を後日、動画配信で視聴者にお届けするという異例の形での開催となりました。

今回、取材班はそんな「和楽の美」の収録現場にお邪魔させていただけることに! 会場にいらした諸先生方にいただいたコメントを交えながら、当日の様子をお伝えします。

※……本記事では、「邦楽」は「日本の伝統的な古典音楽」を指します。

※観世能楽堂

正式名称は「二十五世観世左近記念 観世能楽堂」。2017年に複合商業施設GINZA SIXの地下3階にオープンした、能楽の流派の一つ「観世流」の拠点となる能楽堂です。能楽の公演はもちろん、演劇やコンサート、講演会など幅広いイベントが開催可能な多目的ホールとして活用されています。

 

GINZA SIX

東京藝大邦楽陣が総力をあげる「和楽の美」

『高砂』 ©東京藝術大学演奏藝術センター

東京藝術大学(以下、東京藝大)の音楽学部には邦楽科という、三味線音楽や筝曲など専攻ごとに実技や演奏理論を学ぶ、邦楽専門の学科があります。

邦楽界には、いわゆる家元という伝統制度をはじめとするさまざまな垣根があり、流派を越えて共演することがほとんどないそうです。そんななかで「せっかく邦楽科に幅広いジャンル・流派の先生が集まっているのだから、垣根を取り払って一緒に舞台を作りたい」という教員や学生の思いのもと、2002年に始まったのが「和楽の美」でした。

過去に開催された「和楽の美」を振り返ると、2019年の《大江戸歌舞絵巻》や2017年の《源平の盛衰~有為転変賦》のように、一つの設定したテーマをもとに楽曲でストーリーを組み上げていく形が恒例となっていました。しかし今回は、新型コロナウイルスの感染対策として人の密集を避ける必要があり、例年の形では練習やリハーサルが十全に行えないとの判断から、イベントの方向性を変更。

東京藝大の邦楽科が誇るたくさんのレパートリーの中から、いま最も面白いと思う演目や、「和楽の美」と名のついたイベントにふさわしい演目を、それぞれの専攻の先生方が自由に提案して演奏しようという運びになりました。

その結果、大きな一つの出し物というよりも、音楽フェスに近い側面をもった新しい「和楽の美」が誕生したのです。ストーリー仕立てでなくなったため、使用する演目に制限がなくなり、よりバラエティに富んだイベントになったと言い換えてもいいでしょう。

『都風流』 ©東京藝術大学演奏藝術センター
『鶴亀』 ©東京藝術大学演奏藝術センター

「邦楽ジャンルそれぞれのすばらしいエッセンスをパッケージして、視聴者の皆さまにお届けしようということになりました。そのため、当初は演目の一部に洋楽を取り入れる案もありましたが、シンプルに邦楽のみで演奏を楽しんでいただく形に落ち着いたのです」

そう教えてくださったのは、東京藝大の副学長であり、「和楽の美」の制作・運営をご担当された八反田弘先生です。

八反田先生は、もともと本イベントがオリンピックで日本を訪れる外国の方々を視野に入れた催しだったことにも言及されます。「結果として、海外の方に日本の伝統音楽の魅力を発信するのに、よりふさわしい内容になったのではないでしょうか。ジャンルはおおよそ網羅していますから、日本の伝統音楽に興味があるけれど、どこから入ったらいいか迷っている方にもぜひ聴いていただきたいですね」と思いを語られました。

演目一覧と収録の様子

『鶴亀』 ©東京藝術大学演奏藝術センター
『雲井幻想令和』 ©東京藝術大学演奏藝術センター

当日演奏された演目は次のとおりです。

演目一覧(配信時の演奏順)

一、 雅楽『越天楽』
二、 半能『高砂』(観世流)
三、 メドレー『江戸風流三題』
     イ. 筝曲『花見船・虫売り』(山田流)
     ロ. 長唄『都風流』
     ハ. 長唄・筝曲『隅田川 雪の曙』(追悼曲)
四、 仕舞『八島』(宝生流)
五、 筝曲『祭りの太鼓』(生田流)
六、 尺八『雲井幻想 令和』
七、 舞踊『鶴亀』(日本舞踊・長唄・邦楽囃子)
八、 フィナーレ『獅子団乱旋』(邦楽科)

取材班が観世能楽堂を訪れたのはお昼を過ぎたころ。すでに収録は開始されていて、マイクで指示を出すスタッフの声や三味線の音がロビーにも届いていました。会場では後方の座席に案内され、そこから出演者や裏方の皆さんの動向を拝見することに。

演目ごとに出演者が入れ代わり立ち代わりしながら、音や映像のチェック、リハーサル、本番とそれぞれ入念な確認作業が繰り返されます。

熟練者の集団らしい洗練された空気と完璧を目指すゆえのビリッとした緊張感に背筋が伸びる思いでしたが、一方で、その場で探り探りしながら正解を見つけ出そうとするような、戸惑ったような雰囲気もあり……。

それを不思議に思っていると、八反田先生が「観客を入れないまま舞台で演奏するというのは滅多にないこと。経験豊富な出演者でも、なかなか勝手が違うんじゃないでしょうか」と教えてくださいました。

ときには本番録りのあとに「やり直したい箇所があるので、もう一度弾かせてください」と出演者から声が上がり、検討の末に録り直しをする場面も。限られた収録時間の中でどこまでつきつめるか、何を優先すべきか……関係者の皆さんの葛藤も感じながらの、ある意味で非常にレアな鑑賞体験となりました。

 

演奏は想像以上に迫力があり、優美な音色に包まれている時間は至福の一言。派手な演出や照明があるわけではないにもかかわらず、演目が終わった瞬間に夢から覚めたような心地になるほどでした。箏のたった一音、三味線のたった一音で空気を変え、現実から隔絶した空間に放り込むような手腕、すばらしかったです。

初心者目線でつづる演目の感想

『越天楽』 ©東京藝術大学演奏藝術センター

本イベントの演目についても少し紹介していきます。配信時と収録時では演目の順番が異なり、取材時間の関係上、取材班がきちんと聴くことができたのは、

・雅楽『越天楽』
・筝曲『花見船・虫売り』
・フィナーレ『獅子団乱旋』

以上の3曲でした。

『越天楽』は雅楽の原点ともいうべき存在で、結婚式やお正月のTV番組などによく耳にする、おめでたい席で演奏される曲です。黒田節のメロディーと聞くとおわかりの方も多いでしょう。

邦楽の合奏では、オーケストラと違って指揮者を置かないため、音を合わせるにはお互いの呼吸を感じることが非常に重要だと聞きます。それを最も実感できたのがこの『越天楽』でした。拍子を刻むのは絃楽器である箏と琵琶ですが、ゆったりとした曲で音から次の音への間隔が非常に長いため、同時に弾くはずの音がズレる場面が少なくないのです。

ただ、ぴったりタイミングが合ったときより、むしろズレたときのほうが心地よく感じられたから不思議なもの。邦楽が指揮者を置かない理由も、その一期一会のズレを筆者と同じように昔の日本人も好ましく感じていたからなのかな、などと想像が膨らみました。

筝曲『花見船・虫売り』は今回の「和楽の美」で初公開となったもの。作曲者であり、「和楽の美」の音楽監督・制作総括を担当された音楽学部邦楽科の萩岡松韻先生にお話を伺ったところ、どちらの曲もお祭りが題材になっているそう。

前半の『花見船』は桜咲く春の川の情景。お花見のどんちゃん騒ぎが箏や太鼓で華やかに表現されています。桜の散る様子や芸者さんが舞っている姿が目に浮かぶようでした。後半の『虫売り』は秋の縁日の情景。盛んに鳴る虫笛の「ビー、ビー」という響きや、「りーんりーん、ちんちろりーん」という歌詞がユニークです。

『獅子団乱旋』  ©東京藝術大学演奏藝術センター

イベントのフィナーレを飾る『獅子団乱旋(ししとらでん)』は、邦楽科の全ジャンルを集結させた、締めを担当するのにふさわしい演目。こちらも萩岡先生の作であり、歌舞伎の「鏡獅子」や「連獅子」といった「狂い」の演技を音楽で表現した、お祝い感のある演目に仕上げたとのこと。

鑑賞後、映画でも舞台でもいいですが、ハッピーエンドの物語のエンディングで流れそうな曲、という言葉が浮かびました。笙の音色からじわじわと始まり、篳篥、横笛と続いていくのですが、三味線・箏・尺八が一斉に入ってきた瞬間にワッと紙吹雪でも舞いそうな幕引き感が出るのです。

長さは5分程度でしたが、楽器の数が多く豪華な仕上がりだったこともあり、まさに大団円といった趣き。アップテンポで、単純に聴いていて楽しいのが何よりも好ましい点で、この日一番のお気に入りの演目になりました。

これまで邦楽に深く接する機会がなかっため技術的なレビューができず申し訳ありませんが、素人の筆者でも大いに楽しめたことがこの感想から伝わればうれしいです。

取材を終えて

『高砂』 ©東京藝術大学演奏藝術センター

萩岡先生は、邦楽について次のようにおっしゃっていました。

「若い世代の方のなかには、邦楽に堅苦しい印象をお持ちの方も多いと思います。お年寄りが弾くものとか、着物を着なくちゃいけないとか。もちろん格調高い音楽もありますが、多くは昔の日本人の間で親しまれた、その時代に聴きやすかった軽音楽、歌謡曲だったわけです。現代まで残ったということは名曲だったのでしょうね。

例えば今でいうと、桑田佳祐さんでも欅坂46でもいいですが、人気の音楽がありますよね。それが、100年200年先にもし名曲として残るとしたら、それも未来で日本の伝統音楽として扱われていると思いますよ。

つまり邦楽は、皆さんがいま、パソコンやスマートフォンで聴いている最新の流行曲と同じような存在なんです。そう認識すると、邦楽が少し身近なものに感じられませんか? 難しく考える必要はありません。ぜひ肩の力を抜いて楽しんで、自由に邦楽に触れてみてほしいですね」

このお話を聞いて心に浮かんだのは、自身の親が若いころにヒットした歌謡曲のこと。いま聴くと古さは感じるものの、たいていの場合「この曲がヒットしたのはわかるな、いい曲だもの」と名曲を名曲たらしめている部分は理解できます。邦楽も、同じように接してみればいいのかもしれない……と気づき、これまで感じていた邦楽の近寄りがたさが薄れていきました。

現在、私たちの周りにはさまざまな音楽があふれています。その無数の選択肢の中から邦楽を選ぶのは、萩岡先生がおっしゃるように堅苦しいイメージや敷居の高いイメージがつきまとい、多くの人にとってなかなか難しいものがあるかもしれません。

しかし、意識して邦楽に触れるようになって数日の筆者ではありますが、この世界にきちんと向き合わないまま人生を過ごすのは、あまりにももったいない気がしました。抵抗を感じている人がいても、どうかそれをのり越えて、一度邦楽の世界へ足を踏み入れてみてと声をかけたい思いです。

 

初心者の最初の一歩としてもおすすめな「和楽の美」の配信は3月29日(月)に「藝大ミュージック・アーカイブ」内で開始される予定です。演目一つひとつは5~10分程度と短いため、少しでも邦楽に興味があればきっと動画を楽しめるはず。

お忙しいなか、快くコメントを寄せてくださった八反田先生、萩岡先生。イベントを案内してくださった大石泰先生、阿南一德先生をはじめとする「和楽の美」関係者の皆さま、ありがとうございました!

 

<藝大21 和楽の美>

収録日 2021年2月27日(土)
収録会場 二十五世観世左近記念 観世能楽堂(銀座6丁目)
動画配信先 藝大ミュージック・アーカイブ http://arcmusic.geidai.ac.jp/
2021年3月29日(月)より配信開始
公式ページ https://www.geidai.ac.jp/
主催 東京藝術大学演奏藝術センター、東京藝術大学音楽学部
助成 公益財団法人文化財保護・芸術研究助成財団、東京藝術大学同声会、日本博
スタッフ 制作統括兼音楽監督  萩岡松韻
副音楽監督      小島直文
演出         花柳輔太朗
構成         千野喜資
舞台監督       増田一雄
制作         東京藝術大学演奏藝術センター
録音         亀川徹
録画         山田香、東英絵、志野文音
映像監修       大石泰