東京都現代美術館「ミッション∞インフィニティ|宇宙+量子+芸術」レポート~「量子ネイティブ」の視界がひらく、見えない世界の捉え方

宇宙や量子に関する最先端の科学研究とアートを交差させ、「世界の成り立ち」や「見えない世界」を考察する企画展「ミッション∞インフィニティ|宇宙+量子+芸術」展が、東京都現代美術館で開催中です。(会期は2026年1月31日(土)から5月6日(水・振休)まで)
先立って行われた内覧会を取材しましたので、展示の様子をご紹介します。
※掲載画像はすべて「ミッション∞インフィニティ|宇宙+量子+芸術」展示風景、東京都現代美術館、2026年

■参加作家・機関 (順不同)
久保田晃弘+QIQB、平川紀道、ARTSATプロジェクト(久保田晃弘|平川紀道|稲福孝信)、逢坂卓郎、落合陽一、江渡浩一郎+アラレグミ、安藤英由樹+田中成典、古澤 龍、森脇裕之、片岡純也+岩竹理恵、藤本由紀夫+永原康史、田中ゆり+有賀昭貴+パヴレ・ディヌロヴィッチ、吉本英樹、JAXA宇宙科学研究所(ISAS)/ 天文仮想研究所(VSP) / 東京藝術大学、アンリアレイジ、Useless Prototyping Studio、種子島宇宙芸術祭実行委員会、量子芸術祭実行委員会 ほか
※詳細は展覧会公式ページよりご確認ください。
近年、宇宙開発技術の進歩にともない、火星や小惑星の探査をはじめとする物理観測が着実に進展しています。将来的な宇宙資源の活用や、有人探査に向けた技術実証の具体的なロードマップも動き出しており、宇宙が「未知の探査対象」から「人類の新たな活動領域」へと変わる日は、そう遠くはないのかもしれません。
一方で、原子や電子といったミクロな世界を研究する量子物理学の発展は、「世界とは何か」という根本的な問いを私たちに投げかけます。「観測されるまで物質の状態は一つに決まらない」と説明されることもある、日常感覚とは異なる量子の性質。それをどのように理解するかをめぐっては、量子力学の解釈の一つとして、可能性ごとに宇宙が分かれるとする多元宇宙(マルチバース)の概念も提唱されました。また、宇宙の起源を量子理論で探ろうとする「量子宇宙論」の研究は、時空間の成り立ちに新たな視点をもたらしています。
量子力学の誕生から100年目の節目にあわせて開幕した「ミッション∞インフィニティ|宇宙+量子+芸術」展は、そうした最先端のサイエンス領域とアートをコラボレーションさせた意欲的な企画展。宇宙を「ロケットで探求する物理的なフロンティア」としてだけでなく、「私たちのいる世界を形づくる根源的な仕組み」としても捉えながら、新たな表現領域の可能性を探る試みを、多様なインスタレーションやXR展示などで体験的に展開するものです。


サイエンスとアートを「対比」させるのではなく、「エンタングル(もつれ合う)」展示になっているのが特徴であり、本展を企画した森山朋絵学芸員は、「二項対立では分析しきれない“あいだ”の感覚」の重要性を強調します。「量子的な考えで世界を捉えると、物事はもっと面白くなる」という視点で会場を巡ってほしいと話し、鑑賞のヒントとして「重ね合わせ・もつれ・観測」というキーワードを挙げました。
ある状態と別の状態が同時に存在しているという、確定しきれない「確かな不確かさ」を指す「重ね合わせ」。遠く離れたもの同士が瞬時に影響し合ったり、過去・現在・未来という時間の境界が溶け合ったりするような「もつれ」。そして、対象と対峙した瞬間に、あるいはアーティストが筆を置いた瞬間に、無限の可能性の中からひとつの表象が立ち上がる「観測」。いずれも量子のふるまいに関するキーワードですが、アートが生まれ、受け入れられるまでのプロセスと照らし合わせてみると、不思議と多くの共通点をもっていることに気づかされます。

「量子のことはよくわからないから、ちゃんと展示を楽しめるか不安……」という方も心配はいりません。展示室の入り口には、「一家に1枚 量子と量子技術~量子コンピュータまでの100年!~」という大型のポスターが設置されています。これは文部科学省が毎年1枚ずつ発行している、科学技術の理解促進を目的とした学習資料を拡大したもの。先ほど挙げた「重ね合わせ」や「もつれ」といった量子の性質や、これまでの量子研究の発展の歴史について簡潔にまとめられています。
ちなみに、前出の本展担当学芸員・森山氏は、1995年の企画展で「宇宙」をテーマに取り上げて以来、約10年ごとに「その時代の宇宙像」を問いかけています。2025年の大阪・関西万博では、約21の国立研究機関やアーティスト、デザイナーらと協働した「エンタングル・モーメント―[量子・海・宇宙]×芸術」展が開催されました。本展「ミッション∞インフィニティ」はその成果を引き継いだもので、「エンタングル・モーメント」で展示された作品の一部に新作を加えた構成になっています。

最初の展示空間で来場者が出会うのは、ARTSATプロジェクト(久保田晃弘|平川紀道|稲福孝信)による《ARTSAT Chronicle》(2026)です。これは、2014年に打ち上げられた世界初の芸術衛星「INVADER」と深宇宙彫刻《DESPATCH》という、芸術と工学のジャンルを横断した「宇宙と地上を結ぶメディア」の取り組みを、模型や年表などで改めて振り返るものです。
「INVADER」は、地上からのコマンドにより、音声や音楽、詩のアルゴリズミックな生成や、“自撮り”写真の撮影、チャットボットによる地上との対話など、多彩な芸術ミッションを達成しました。さらに、2014年に東京都現代美術館で開催された「ミッション[宇宙×芸術]」展にも参加し、運用中の衛星からのデータを用いたメディアインスタレーションを実現。会期終了直後に大気圏へ再突入し、その使命を終えました。専門知識の有無を問わず、誰もが宇宙を表現の場にできるオープンな運用を提示するとともに、遠く離れた「ここ」と「あそこ」が瞬時に呼応する量子的な「もつれ」も想起させる、非常に先進的な試みであったと言えるでしょう。

一方の深宇宙彫刻《DESPATCH》は、3Dプリンタで制作された螺旋状の彫刻を携えた、芸術家の分身たる宇宙機。半永久的に太陽の周りを回り続ける「世界で最も遠い芸術作品」です。そのミッションの一つは、宇宙生成詩(温度などの各種センサーデータから搭載プログラムが生成)の送信でした。信号が微弱になるほどに、国境を超えたアマチュア無線家たちの協力が不可欠となった受信プロセスは、送信され、失われ、断片として再構成された出来事の記録であり、宇宙と地上を見えない糸で結ぶ「巨大な社会的データ彫刻」そのものです。会場では、受信した宇宙生成詩とともに、本展会期中の《DESPATCH》や各惑星の位置を表示しています。

また、近年では世界中の多くの研究機関でアーティスト・イン・レジデンス(客員芸術家制度)の受け入れが進み、科学的知見をアートやデザインによって五感で捉えられる体験へとひらく試みが根づいてきました。アーティストユニット片岡純也+岩竹理恵による《KEK曲解模型群》(2025)もその成果の一つです。高エネルギー加速器研究機構(KEK)に約1か月滞在し、研究者たちとの対話や、多様な実験装置の見学などからインスピレーションを受けて制作されました。

中でも印象的だったのは、「回転の対称性」を扱った数式が記された黒板自体が回転し、そこを紙飛行機が魔法のようにすり抜けていく《すり抜ける紙飛行機》(2017)です。ミクロの粒子が波の性質を併せ持つ「二重性」や、その性質ゆえに粒子がエネルギーの壁を確率的に通り抜けてしまう「トンネル効果」。彼らはそうした非日常的な挙動をユーモラスに「曲解」することで、アートとサイエンスの境界をあいまいにし、新たなイメージを立ち上げています。

なお、本展では戦後から1970年の大阪万博の前後にかけて、科学とアートの両域において活躍した先駆者たちにもスポットを当てています。日本初のノーベル賞学者・湯川秀樹や朝永振一郎、日本コンピュータアートの草分けである川野洋、「電子ヒッピー」ことCTG(コンピュータ・テクニック・グループ)などの貴重な資料を、現在に重なる特異点として紹介。それらと強い関連性をもっているのは、多摩美術大学教授の久保田晃弘と大阪大学QIQBの協働による、国産の超伝導量子コンピュータを用いた初のアート作品(2025)です。

量子コンピュータは、目に見えない量子の状態を直接操作することで、自然のふるまいを再現する計算機です。従来のデジタルアートは、0か1かの確定した答えを積み重ねて描かれてきました。一方で本作は、量子コンピュータ特有の非決定性や物質的なゆらぎをそのまま表現に活かしており、観測のたびに異なる痕跡として現れる断片的な像を結像し折り重ね、ピクセルなどで可視化を試みています。前回の万博がいわば「古典コンピュータアートの黎明」であるなら、2025年の万博での試みは、「量子コンピュータアートの黎明」という新たなアート表現の起点となるのかもしれません。

平川紀道は、ニュートリノなどの素粒子を観測する実験装置スーパーカミオカンデが検出した信号を、時間軸に沿って可視化した新作《(non)semantic process[version for neutrinos detected by Super-Kamiokande]》(2026)を発表。目には見えなくとも、絶え間なく身体を貫いている宇宙線の存在を鑑賞者に知覚させる展開図の横では、不思議な詩が紡がれていることに気づきます。それは、独自のアルゴリズムで信号をアルファベットに変換し、辞書との照合で見つかった実在の単語から構成された、宇宙線による自動詩です。
本作のBGMとして流れるモーツァルトの「きらきら星変奏曲」は、「きらきら星」が「星」の曲であり、「アルファベット」の曲であるという一種の遊び心からの選曲とのことですが、もとはフランスの恋の歌を乗せたメロディーでした。一つの旋律が聴き手や時代によって異なる意味をまとうように、本作が紡ぐ自動詩もまた、ただの単語の羅列でありながら、受け取る人によって異なるイメージを想起させるという両者の響き合いも見どころです。

映像の視覚体験の新たな可能性を開いた古澤龍の《Mid Tide #3》(2024)は、海岸を定点カメラで約3時間半にわたって観測した映像を素材に、時間と空間の関係を組み替えた作品です。映像を「連続する静止画」として順番に連ねた立体だと考えた場合、通常の映像再生は、この立体の一断面を前から後ろへ連続的に動かすプロセスです。しかし本作では、その断面を斜断、あるいは旋回させることで、単線的な時間の流れから、そして固定された観測点からも逸脱していきます。圧縮と伸長、順再生と逆再生が混在するカオスな時空間は、「観測」という行為そのものの認識を揺さぶります。
会場スタッフに「どうぞ、好きなメッセージを残してください」と案内された、量子ブラックホール理論に基づく空想プロトタイプ作品《Black Hole Recorder》(2021)は、ひときわロマンに満ちています。

理化学研究所 数理創造研究センターが立ち上げたデザインスタジオ、Useless Prototyping Studioが制作を担当。ブラックホールは内部に情報を取り込み、蒸発とともに外にその情報を放出すると予想されていますが、その仕組みの詳細は未だにわかっていません。しかし、そうした研究が遠い未来の大容量情報ストレージを実現するかもしれない、という可能性を空想した蓄音機型デバイスが本作です。
ブラックホールの時空の歪みを模した漆黒のホーンが周囲の音声を集音し、0.1㎜サイズの理論上の人工ブラックホールに、10那由多バイトという途方もない情報を記録する架空の技術を搭載。現在も会場の音を刻々と記録し続けており、将来的には「人類が初めてブラックホールに保存する情報」として、約1,500光年先にある実在のブラックホールに送信することを目指しているといいます。

吹き抜け空間に展開されるのは、落合陽一による大規模インスタレーションです。巨大なLEDビジョンに生成AIがリアルタイムでブラックホールを描き続ける映像は、自分と蝶の境界が溶け合った「胡蝶の夢」の説話や、自らの尾を呑むウロボロスの蛇のように、終わりなき世界の流転を思わせます。
その両脇に佇むのは、飛騨高山の匠の技で彫り上げられた、古事記の「手長足長」をモチーフとした木彫シリーズです。質量を持たぬ「映像」が身体を夢見、質量を持つ「彫刻」が流動的な映像を希求する。革新と伝統、デジタルとアナログが互いの境界を浸食し合いながら循環する構造が、空間全体をひとつの「液状の宇宙(リキッドユニバース)」へと変容させています。
ここまでおおむね、展示順に作品をピックアップして紹介してきましたが、会場を逆回りで鑑賞しても全く問題ない構成になっています。逆回りの場合、最初に出会うのはさまざまな体験型展示となるため、量子や宇宙になじみがない方、身体を通して学びたい方は、こちらから進むことをおすすめします。

たとえば、江渡浩一郎+アラレグミによる《波動と粒子の性質を制御するシミュレータ》(2025)は、その名のとおり、量子力学の特性である粒と波という二重の性質を行き来する様子を、直感的に体験できるシューティングゲームです。具体的には、目を閉じる=観測を止めることで自機の存在が確率的に広がり、障害物に当たらなくなる無敵モードに移行するというユニークなもの。
ほかにも、2025年に退役したH-IIAロケット最終号機の打上げ時に、射点から約3km離れた地点で記録された振動を、ウーファースピーカーによって追体験できるJAXAの《打上げ振動体験》(2026)や、コントローラーを使って小惑星リュウグウへのタッチダウンに挑戦できる、JAXA宇宙科学研究所(ISAS)/天文仮想研究所(VSP)/東京藝術大学による《はやぶさ2 タッチダウン・チャレンジ(東京藝大ドーム検証版)》(2024)など、大人も子供も楽しめる作品が展開されています。

なお、田中ゆり、パヴレ・ディヌロヴィッチ、ウムット・コーセ、クリス・ブルックマイヤによる《Particle Post – Letters from the Universe》(2019)と、森脇裕之による《物質と光(Matière et lumière)》(2026)の2作品については、展示室ではなくミュージアムショップ横のホワイエに展開されているため、来場の際はご注意ください。
アートとサイエンスの共創は、「量子」という新たな視座を得て、表現領域の可能性を次々と開いています。研究者とアーティスト、そして鑑賞者の思考がもつれ合う「ミッション∞インフィニティ」は、量子の知識や技術を使いこなす「量子ネイティブ」の創造的アイデアとともに、次の10年、100年先の世界を捉え直すための確かな起点となるでしょう。
■「ミッション∞インフィニティ|宇宙+量子+芸術」概要
| 会場 | 東京都現代美術館 企画展示室B2F、ホワイエ ほか |
| 会期 | 2026年1月31日(土)~5月6日(水・振休) |
| 休館日 | 月曜日(2月23日、5月4日は開館)、2月24日 |
| 開館時間 | 10:00~18:00(展示室入場は閉館の30分前まで) |
| 観覧料(税込) | 一般1,800円/大学生・専門学校生・65歳以上1,260円/中高生720円/小学生以下無料
※小学生以下は保護者の同伴が必要。 ※身体障害者手帳・愛の手帳・療育手帳・精神障害者保健福祉手帳・被爆者健康手帳をお持ちの方と、その付添いの方(2名まで)は無料。 ※[Welcome Youth 2026] そのほか、詳細は公式ページでご確認ください。 |
| 主催 | 東京都現代美術館 |
| 展覧会公式ページ | https://www.mot-art-museum.jp/exhibitions/mission-infinity/ |
※本記事の情報は報道内覧会時点のものです。最新の情報は公式ページ等でご確認ください。