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<開催期間終了>【取材レポート】「空間と作品」展がアーティゾン美術館で開幕。作品が存在する「空間」に着目し、コレクションの新しい楽しみ方を提案

展示風景

美術品がかつて存在した場を想像し、体感することをテーマとした展覧会「空間と作品」が、東京・京橋のアーティゾン美術館で開幕しました。会期は2024年10月14日(月・祝)まで。

「空間と作品」展

本展は、クロード・モネ、ポール・セザンヌ、藤田嗣治、岸田劉生、琳派から抽象画にいたるまで、同館の母体である石橋財団が所蔵する多彩なコレクションから144点を紹介するもの。コレクション展ではありますが、今日では公共的に展示されるそれらの美術品が過去、どのような人物に所有されていたのかをひも解き、またどのような空間に飾られてきたのかを想像・体感させることで、作品の新しい楽しみ方を提案しています。

展示は4・5・6階の展示室にまたがった構成です。エントランスのある6階では、円空による木彫りの仏像が来場者を出迎えます。

円空《仏像》江戸時代・17世紀

円空は諸国を旅しながら神仏を彫り、祈りを捧げ続けた江戸時代の修行僧で、その仏像の数は発見されているだけでも5,000体に上ります。寺院に収められる場合もありましたが、多くは雨ごいや五穀豊穣、病気平癒など、その土地の風土や庶民の生活に結びついたものが村落のお堂などに安置されました。

ここではテーマを「祈りの対象」と題し、がらんとした展示室の中央に円空仏のみを配置。美術館においては彫刻作品の文脈で捉えられがちな円空仏が本来もつ「人々の心の拠り所」という一面に来場者を対峙させます。

続く赤い壁面の空間には、同館では初公開となるカミーユ・ピサロが描いた四季の連作絵画を冬・春・夏・秋の順で展示。

展示風景

本連作はフランスの銀行家ギュスターヴ・アローザの依頼で描かれました。依頼内容はパリ近郊にある別荘のダイニングルームを飾る絵として相応しい「四季図」を、というもので、ピサロは麦が豊かに実っていく素朴な田園風景を題材に選んだようです。明るい色調は、食卓を囲む人々の心を癒したことでしょう。

中央に置かれたダイニングテーブルには、作品が作者個人で完結するものばかりでなく、依頼主との関係から生まれるケースもあることを意識させる狙いがあるといいます。

展示風景

同館の展覧会ではおなじみとなるパブロ・ピカソの《腕を組んですわるサルタンバンク》(1923)は、1980年に石橋財団コレクションに加わるまでの約60年の間に、複数の所有者の手にわたっています。世界的ピアニストのウラジーミル・ホロヴィッツもその一人で、本作をニューヨークの邸宅の居間に飾っていました。

居間ではカードゲームに興じる客人たちの前でグランドピアノを演奏し、演奏の合間には絵の下に置いたソファに寝そべって談笑するなど楽しく過ごしていたというホロヴィッツ。ということは、本作がその音楽活動に何らかのインスピレーションを与えることもあったかもしれません。会場ではホロヴィッツになった気分で椅子に座り、作品を眺めて思索にふけることができます。

円山応挙《竹に狗子波に鴨図襖》江戸時代・18世紀

円山応挙の《竹に狗子波に鴨図襖》(江戸時代・18世紀)は、大広間をイメージしたという畳敷きの空間に展示。畳には靴を脱いで上がれるうえ、襖絵がガラスケースなどで遮られていないため、淡い色彩と柔らかな筆致で描かれた子犬や引き手に設えた象牙の鳳凰の彫りなど、細かい部分まで間近で鑑賞できます。(襖絵の反対面は会期中に入れ替え)

ここでは照明家の豊久将三氏の協力により、照明を上部ではなく襖絵に向かい合わせる形で設置することで、外光が横方向から入っていた江戸時代の日本家屋を表現。太陽の動きに合わせて光の角度がリアルタイムで変化するという、ちょっとした仕掛けも施されています。

展示風景

ここまで見てきたピサロやピカソ、応挙などの作品を購入し、プライベートな空間に取り入れることはある種、特権的な行為といえるでしょう。しかし、美術館でそれらの作品を鑑賞し、感じ得たものであれば誰もが自分の日常に持ち帰ることができます。

そこで本展の一角では、来場者それぞれが「お気に入りの場所」を見出す試みとして、インテリアスタイリストの石井佳苗氏の協力のもと、作品を現代のインテリアと組み合わせて夢想のプライベート空間を演出。

展示風景
展示風景
展示風景

ヘンリー・ムアのブロンズ像とザオ・ウーキーのリトグラフ、紀元前イランの鉢が調和するオリエンタルな部屋。佐伯祐三の風景画の躍動的な線描と印象が重なるフォルムをそなえたデスクと重厚なソファ。イタリアデザイナー界の巨匠エットレ・ソットサスによるキャビネットが山口長男の抽象画のコントラストを引き立てる空間は、ダイニングのイメージでしょうか。日常の風景になじむアートからは、ホワイトキューブで鑑賞するのとでは異なる感情が呼び起こされるかもしれません。

展示風景

ソットサスのシンボリックなトーテムと、“白の画家”ロバート・ライマンの壁に同化するような油彩画。両極端な2つの作品を並べたホワイトキューブは、「空間と作品」を成立させるために不可欠な「人」の存在を意識させます。作品に関する一切の情報を排した状態で、作品に対面する者がそれらとどのような関係を築くか。また、人が介在することでこの場にどのような意味合いが生じるかを体感して楽しめる空間です。

 

5階展示室は、より作品の所有者にフォーカスした内容になっています。

青木繁《自画像》1903年

冒頭には青木繁の自画像や風景画を7点展示。これらの作品は、中学の文芸愛好グループの頃より生涯にわたって青木を支えた梅野満雄をはじめ、坂本繁二郎、高島宇朗、蒲原有明といった、青木の制作に少なからず影響を及ぼした友人たちが所有していました。

青木が亡くなった後に彼らが遺作展を開き、画集を刊行するなど、青木の顕彰に尽力したこと。その結果、青木作品が美術館に収まり、今この瞬間も多くの人々の目を楽しませていること。そうした背景を共有することで、作品の置かれていた状況や空間を想像させようと試みているのが本セクションです。

展示風景

パウル・クレーを所有していた、「神は細部に宿る」の名言でも知られるモダニズム建築の巨匠ミース・ファンデル・ローエ。ジョージア・オキーフを所有していたマイクロソフト共同創業者ポール・アレン。所有者だけ見ても顔ぶれが多彩で驚きが尽きません。

アンリ・ド・トゥールーズ=ロートレック《サーカスの舞台裏》1887年頃/ かつてバルカン半島に存在したセルビア公国の国王、ミラン・オヴレノヴィチ4世が所有。
左から古賀春江《遊園地》1926年、《素朴な月夜》1929年

日本でいち早くシュルレアリスム絵画に取り組んだ画家の一人である古賀春江の《素朴な月夜》(1929)は、晩年の古賀と親交のあった文学者の川端康成が自邸の床の間に飾っていたもの。

川端は古賀の前衛絵画を高く評価し、自身の芸術と類似性も感じていたようです。古賀が病気にかかった際は入院の工面や身の回りの世話をし、亡くなった後も作品を後世に残すために奔走。その厚い友情を育むきっかけとなったのが、お互いが犬好きであったことだといわれています。本作に描かれた黒い犬に見つめられながら、旧友に思いを馳せる日もあったかもしれません。

ポール・セザンヌ《サント=ヴィクトワール山とシャトー・ノワール》1904-06年頃

実業家の原善一郎が滞欧中に購入したポール・セザンヌの《サント=ヴィクトワール山とシャトー・ノワール》(c.1904-06)は、原よりも先に日本に到着。友人の岸田劉生は、原の帰国を待たず邸宅を訪れて本作を見せてもらったとか。本場の西洋画を実際に目にする機会が少なかった人々の熱意ある眼差しを感じさせるエピソードです。

展示風景
展示風景

また本セクションでは、海老原喜之助の素描と、海老原が所有していたピカソのブロンズ像をまとめたり、前田青邨の風神雷神図と、青邨が所有していた俵屋宗達の物語絵を並べたりといった、作家自身の作品と所蔵作品を併置することで影響を伺わせる展示も楽しめます。

 

4階展示室では、画面を支持して守るだけでなく、画面と空間とをつなぐ役割を果たしている額や表装裂(表具に使われる布)に着目。

アンリ・マティス《石膏のある静物》1927年
ヴァシリー・カンディンスキー《3本の菩提樹》1908年
展示風景

「劉生縁」と呼称されるほど額にこだわりをもっていた岸田劉生、額をまるごと自作した藤田嗣治、「なくてもよいなら、額は付けない。」というスタンスの野見山暁治など、作家によって額の扱いはさまざま。美術館が仕立てや選定を行う場合でも、展示の内容に合わせるケースもあれば、作家が考案したデザインを元に新調することもあるそうです。額装を施す者が誰であっても、そこには各々の美意識や作品との関係の捉え方が表れるといえるでしょう。

展示風景、「カンヴァスの縁を守る」という最低限の役割のみを果たす額や、作品の延長のような額。
酒井抱一/鈴木其一《夏図(十二ヶ月図の内)》江戸時代・19世紀/ 通常であれば裂地(織物)で仕立てる表装を絵具で描いている点が個性的。

国や時代ごとの様式の流行を紹介しているコーナーもあります。たとえば、トマス・ゲインズバラの《婦人像》の額はイギリス18世紀中頃のもので、大げさなほど立体的で繊細な彫りが作品に華やかさを添える美しい造形。

トマス・ゲインズバラ《婦人像》制作年不明
クロード・モネ《睡蓮の池》1907年

クロード・モネの《睡蓮の池》(1907)に用いられた額はやや時代が下がり、ロココ的流行が終わり、新古典主義が台頭するフランスで生まれたルイ16世様式。同様に金メッキは施されていますが、直線的で装飾を排したシンプルなデザインがモネの幻想的な情景を静かに受け止めています。モネがこの額を選んだかは不明ですが、晩年のアトリエ写真に同種の額が写っていることから、少なくとも彼の好みではあるようです。

 

なお、本展は「空間を想像し、楽しむ」という趣旨であるため、キャプションによる作品解説は最小限になっています。ただし、現在アーティゾン美術館では、画像認識技術で作品を判別する音声ガイドを搭載した無料の公式アプリを提供中。アプリを開き、会場のフリーWi-Fiに接続することで解説が聴けるので、作品そのものについて深く知りたい場合は事前にアプリをDLしておくとスムーズです。

石橋財団コレクションに新たな光を当てる「空間と作品」展の開催は2024年10月14日(月・祝)まで。同館のコレクション展に足を運んだことがある人も、これまでとは違った面白さを体験できるはずです。

 

「空間と作品」概要

会場 アーティゾン美術館 6・5・4階展示室
会期 2024年7月27日(土)~10月14日(月・祝)
開館時間 10:00~18:00(毎週金曜日は20:00まで)
*入館は閉館の30分前まで
休館日 月曜日(8月12日、9月16日、9月23日、10月14日は開館)、8月13日、9月17日、9月24日
入館料(税込) 日時指定予約制
ウェブ予約チケット1,200円、窓口販売チケット1,500円、学生無料(要ウェブ予約)*予約枠に空きがあれば、美術館窓口でもチケットをご購入いただけます。
*中学生以下の方はウェブ予約不要です。
主催 公益財団法人石橋財団アーティゾン美術館
お問い合わせ 050-5541-8600(ハローダイヤル)
展覧会詳細ページ https://www.artizon.museum/exhibition/detail/574

※本記事の情報はプレス内覧会時点のものです。最新の情報は公式サイト等でご確認ください。